2003年08月21日

NY大停電!備えあれば憂 いなし・・

写真記事より
闇 に包まれるマンハッタン
タ イムズスクエアも真っ暗け
橋 に殺到する人々


考えても見て欲しい

いまどき東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県がいっぺんに一晩以上停電することが
あるだろうか?
ハイテク先進国家、世界の超大国にしてこのありまさだ

というか、NY近辺ではもともと停電は日常茶飯事だ・・・・(^^;
ホントに先進国かよ?って感じやなあ〜

夏場は、クーラーなどによる電力使用過多で停電になり、冬場は雪による電線の切断などで
局地的な停電がよく起こる。
こちらに住んでる人は慣れたもので、停電ひとつじゃ驚きゃしない
大体各家庭に、ろうそくだの懐中電灯だのラジオだの、一通りそろっているし、しばらく復旧しないと
なると、さっさと外でバーべキューは初めて騒ぐやからも多い。
まあ、衝撃的な事件もあったし、すっかり災害なれしちゃってるのかも?

そんな下地もあり、今回の停電時には、略奪や暴動、大きな事件も無く割と無事だったようだ。
まあ、もし冬場で時間帯が悪ければもっと犠牲は増えていたかもしれないけど・・・


今回の北米大停電の被害だが、アメリカおよびカナダで5000万人に影響が出たそうだ。
アメリカの経済損失は8000億円以上!
空港は閉鎖。駅も閉鎖。発電所は9基の原子炉を含む21基の発電所が自動停止。
地下鉄は一時数千人が閉じ込められる騒ぎに。自動車工場は20工場で操業停止。
携帯電話はかなりの確率で不通(ダミじゃん!災害時の頼みの綱が・・・)
銀行はATMが作動しなくなり、交通信号停止で道は混乱
レストランの多くは冷蔵庫使用不能で閉店
ホテルもほとんどが休業し、宿泊客がたたき出され野宿させられる始末

まったくエラいこっちゃ!

いまだに原因は良くわかっていないが、
原因がわからないうちから「テロじゃない」と強調しているところもなんか怪しい
大体、発電所一箇所落ちると、連鎖的に20箇所以上落ちるなんて、テロを実行する
側からすると非常に効率が良く効果的な仕業だ。
また、停電直後からウインドウズを狙ったウイルスが世界中で蔓延し、アメリカの企業などでも
大きな被害を受けているところを見ると、一連の事件はサイバーテロで は?
と勘ぐりたくもなる。

まあ、真相は闇の中だが、これほどの事件にもめげずあっというまに平常を取り戻すNYの
エネルギーはやっぱり底知れない


さて、前置きが長くなったが、NY大停電の生レポートでも書きたいところなのだが
残念ながら? 私はNYにはおりませんでした・・・・・ちょっとこの目で大事件を見てみたかったやうな

実は出張でロスに入て、丁度帰りの飛行機の中で停電が起こったのです
それはそれで、いろいろエラい目にあったので、そちらの事を記録しておきます。

8月14日(木)12時15分 ロサンゼルス オレンジカウンティ空港からアメリカンのNY直行便が
めでたく離陸した。
この飛行機に乗る直前、ホテルから空港に行くまでにバスの運ちゃんが道に迷ってボロボロになり
倍の時間がかかったあたりからが、ケチのつきはじめだった(^^;
(だいたい、運ちゃん、ヤフーの地図見ながらバス運転して、迷ってとうとう携帯電話で道聞いてるんでっせ!)

離陸から約2時間後、アメリカ大陸のど真名を飛行中、突然機長からアナウンスが!
「NY大停電による空港閉鎖のため、当機はロスに戻ります。ご迷惑おかけして・・・」
はじめ聞き間違いかと思ったが、他の人に確認したらやっぱりそうだった・・

をいをい。。これからロスに戻るのかよ!? ギャフン

しばらくじっとしていた客も、そのうち通路をうろうろし始めたり、スッチーに詰め寄る輩も出始めて
やや不穏な雰囲気となってきた。
席に備え付けの電話機は、すべて使用不能となっていた・・・なんじゃそりゃ?
それを察してか、機長より特別に携帯電話の使用許可が出た。
皆一斉に電話をかけ始める・・しかし

つながらない

よくよく下を見ると、今飛行しているのは、砂漠の上空で どうみてもアンテナがたってそうにない
時々街の上空を通過し、アンテナが立つのだが、ほとんどつながらない
また、後で知ったのだが、NY側の携帯電話もこのときほとんど不通になっていたらしい。
災害の時の頼みの綱の携帯が使えないなんて!なんちゅうモロさや
通話量の多さにすぐパンクしたのと、バックアップ用に電源があっというまに切れたらしい

こんな状況で、かろうじで通じたのが、Verisonの携帯だ。今回災害に強いのはVerisonである
ことが判明した。飛行機の中でもVerisonユーザーはなんとか通話に成功していた。
一方、ATTヤSprint、T-mobileなどのキャリアはほぼ全滅
私のATTも全然つながらず、300回くらいかけてやっと一回メッセージを残せた

結局つごう5時間くらい飛行し、へべれけに疲れて飛行機はロスに戻ってきた。

日本の実家に電話して、日本のニュースから大体の状況を知った。
副隊長からはなんとか電話が一本入り、無事であることを確認した。

すぐに次の行動に移らねばならない。
まずは本日の宿の確保だ。幸い同じ便に多くの同僚が乗っていたので、仕切り系のアメリカ人が
皆の分の宿を速攻で予約してくれた。ありがたかった。とりあえず野宿は避けられた。

次に振り替え便の手配だが、一時会社で契約している代理店が一括で行ったらしい?という
デマ情報を鵜呑みにして行動が遅れ、とりあえず宿に入ってしまったが真っ赤な嘘だった(^^;
しまったー!

結局個人個人で、帰りの便をおさえるハメになった。
ここからいろいろ運命が分かれていった。

なんとしても本日帰ろうと、停電が直ることを前提に、その日の夜行便をおさえた人。
翌日の早朝直行便を押さえた人・・・
自分はすっかり出遅れて、翌日の昼便(しかもダラス経由の乗り継ぎ)をおさえるのがやっとだった。
アメリカン航空にもらった、手配用のフリーダイヤルは全然つながらず、結局アメリカンの日本語
カスタマーサービスの電話番号を持っていた同僚からそれを聞き、かけて手配できた。
自分の分とあと同僚など4名分を同時に予約した。

なんとかほっとして、宿から歩いてラーメンを食べにいった。
エラい遠くて(だいたいロスで歩いてるやつなんていない(^^; )死ぬかと思ったが
久々に食ったラーメンと餃子は旨かった。。。。
疲労がどっと押し寄せた。


なお、そのころ副隊長は、いつまでも直らぬ停電に不安になり、近所の人と相談していたらしい。
何世帯かが集まって、つながる電話を貸してくれたり、ラジオを聞いたり、はたまた食事を分けてくれたり
ここにもあったか!隣組!って感じで皆親切だったようだ。
懐中電灯やラジオ、水などの最低限の災害グッズはとりあえず用意しておいて良かった。

夜は真っ暗で何もやることがなく、また熱かったようだ。不安な一夜を過ごしたらしい。


さて、翌日朝ホテルのロビーに行ってみると、昨日の夜行便や、早朝の直行便が停電の影響で相次いで
キャンセルになり、それらの便に勝負をかけていた人は結局もう一泊して、次の便をおさえる必要があること
を知った。こういう場合は、何が幸いして何が裏目にでるかわからないものだ。

しかし自分のフライトも非常に心配である。
情報によると、朝方停電もある程度回復したものの、いまだ空港は不安定で着陸便を大幅に制限しており
欠航が相次いでいるらしい。本当にNYにたどり着けるだろうか?
一応アメリカンにリコンファームしてみたが、チケットは確保されており、出発も予定通りとこのこだった。

とりあえず、まずはダラスまで行ってみよう。
しかし、すでに混乱ははじまっていた。出発の時間になってもなかなかゲートは開かない。
そのうちに人が溢れ初めて不穏な雰囲気になってきた。
アナウンスが入り、この便は予定数よりもオーバーして発券しており(Over Sold)、もし他の便に振替える
事が出来る人は名乗り出て欲しい、とのことだった。。がびーん
停電の影響でコンピュータも一時停止しており、発券システムもかなり混乱したようだ。

どうなることかと思ったが、なんとか辞退者も確保され、定員満杯の飛行機はダラスに向け出発した。
3時間の飛行でダラスに到着したが、出発時の遅れがたたり、次のNY行きの便の離陸時間に
間に合うかとても微妙だった。
おまけにダラスはバカでかい空港で、移動するのも一苦労。仕方なく荷物をひきづって走った。
ぜーぜー息をしながら。。。

なんとかギリギリで飛び乗ることが出来た。
すでに荷物をのせる棚も無く、自分の席と相当離れた場所にやっと収納した。
飛行機は離陸した。あとはNYの空港が閉鎖されていないことを祈るのみだ。

飛行機はボロかった。ヘッドホンの穴もなく、リクライニングは常に倒れっぱなしだった(^^;
異様に疲れた。
約3時間の飛行でなんとかNYに戻ってきた。窓からみるNYの夜景は電気がこうこうとついており
停電からは回復しているようだった。
空港もなんとか着陸できそうでほっとした。
ホテルを出たのは9時半だったが、時差もあり(3時間)NYラガーディア空港に到着したのは
10時を過ぎていた。疲労困憊だった

なお、シカゴ経由で帰った人、目的地が変更になってしまった人、土曜日まで待ったあげく
天候不順や停電の影響で帰還が深夜になった人など、様々だった。
自分のフライトはまあまあマシなほうだったようだ。
なにより金曜日に無事に帰ってこれて良かった。

空港からは乗り合いのリムジンで自宅まで帰還した。
副隊長以下隊員たちも元気だった。
約15時間の停電だったが、ほとんどあけなかった事が幸いして冷蔵庫の中の被害は非常に
少なかった。

以上が当家の停電時の出来事である。

これを教訓に災害対策を練りたい
まず携帯電話だが、今回災害に強いことが証明されたVerisonに変更したい
けど、まだ契約期間が残っているので次かな(^^;

懐中電灯は一応3本くらいあるからOK
ろうそくもあるが、ろうそくによる火事が何件か発生したようだ。あまり使いたくはないな。
ランタンもある。
BBQセットもあるので2〜3日は火も使える。
水も買い置きが何本かあるのでOK

ラジオは、、、ボロいのでもう一個買っておこう。
小型電気製品で気をつけるべきは、電池を入れっぱなしで保管しておくと液漏れを起こして
肝心なときに使えなくなることだ。できれば電池は新品を使わずに、近くにおいておきたい。

今回の重要ポイントの一つは、電話だ。
携帯電話はダメになったが、実は普通の固定電話は使えたのだ。
ところが!

多くの固定電話は、電源を必要とするため、実際には使えなかった。
こういう時代に、役に立つのは往々にしてローテク製品だ。
昔の電気がいらない安物の固定電話を持っている人は通話できたらしい。
(高価なバックアップ電源つきの電話でもOK)


さっそく買ってきました。ローテク安物電話!


フラッシングのディスカウント雑貨屋で見つけた。たったの6 ドル!どひゃどひゃ
これでも立派に使えるから凄い!ビバ!ローテク!


続いてこれらも


左は、携帯テレビで、白黒ながら、ラジオつきで電池でも駆動できる。25ドル也
右は、防水ラジオで、風呂場でも聞けるらしい。割としっかりした作りで音も良い。9ドル也。

あと自家用発電機でもあれば完璧だがそこまではいいっか(^^;


いろいろ悲喜こもごもあった今回の停電
なぜかこんな日に限ってマンハッタンに繰り出していて野宿するハメになった方(それはそれで良い経験)
ハマるとわかっていて、友達を探しに夜マンハッタンに突っ込んでいった人
なぜか停電発生後3時間あまりで電気が回復した地域の人(金持ちゾーン?)
土曜まで停電が続き、あげくに便所も流れなくなった地域

いろいろ経験になったし教訓にもなったことでしょう
次回に備えてバッチリ整えよう!

---------------------------------------------------------------------
Update!  ここより副隊長の手記

ここしばらく平穏無事に暮らしていたのに、久々にビッグなアクシデントが起こりました。
その名も「Blackout!」(「whiteout」なら知っていましたが、映画で^_^;;)
北米大停電2003!画像がないので、時間の経過と共に綴ってみました。

16:11
いつものように幼児TV「Dora」を見ていたら、突然ブチッ!という音と共に家の中が無音に。
つい、先日も数分の停電が起きたばかりだったので、またかと思い、
まず、ブレーカーをチェック。正常の位置のある。やはり停電か。
我が家だけだと困るので、近所の様子を探りにとりあえずヘレンのうちへ。
16:20
シャロモ(ヘレンの夫)と既に連絡を取っていたHelenからマンハッタンを含め
ニューヨーク中が停電だということを知る。
「えーーー!!それって、テロの仕業?」愕然とする。
近所の人たちが続々と帰宅してくる。車のラジオを聴いている彼らから、
同じ電力の管理下にある地域はニューヨークのみならず、ニュージャージーにオハイオ、
果てはカナダのトロントまで停電と言うことを知る。
「だーいじょうぶ、25年前にもあったことだから、落ち着いて。落ち着いて。」
「でも….それに.,夫が今、飛行機の中にいるので心配で…。」
「21時過ぎの到着予定? 別の空港に行くから大丈夫だよ。」
みんな一様に平然としている。

17:00
家に戻り避難グッズの用意。
隊長と連絡を取ろうと試みるが携帯電話、家の電話すべて使えず。完全にシャットアウト。
停電を起こし、セキュリティーの甘くなったところを狙ってくるテロだと信じて疑わない私は、
家の中にいても不安が募るばかり。まったく落ち着かない。
隊員A、Bと共にまたヘレンの家へ。ヘレンの家の前で、ラジオを聴く。
「こういうときは、水を確保しなくちゃ。」と冷静なアレックス(高1)は
ヘレンのガレージから子供用プールを持ってきて水を張る。近所の子供たちがみんな参加。
なぜか、みんな和気藹々としていてキャンプの雰囲気がしてくる。
加えて、アレックスのお父さんは、庭に座り込んでのどかに芝生の手入れを始めるし。

18:30
シャロモ帰還。なぜか、拍手。^_^;;
やっぱりこういう非常事態の時、男の人って精神的な頼りなんだよなあ。
隊長に携帯電話をかける。奇跡的につながる、留守電を残す。

19:00
電気が使えないので、バーベキューをするという。便乗して、ごちそうになる。
#いつも食事を食べさせてもらってばかり….。^_^;;

19:50
家に戻る。携帯電話を試みるが、まったくつながらず。
ローソクの火をつけ、荷物の最終点検をする。
懐中電灯の光は強すぎて目が疲れるが、ローソクのほどよい明るさは快適だ。
懐中電灯やその他の光り物グッズが珍しい隊員Bは興奮して大騒ぎ。
事の重大性にまるで気が付いていない。仕方ないか。

20:30
アレックスがラジオを借りに来る。
聞くとアレックスの家には、電気を必要としないではない電話があると言う。
借りて、隊長へ電話をかける。ようやく連絡がとれる。ほっ!
いざと言うときは、最新のものはまったく役に立たず、旧式のものが強いと言うのは
阪神大震災のときもそうだったように、やはり真理だ。再確認。

22:30
アレックスがラジオを返しに来る。
アレックスの家のラジオは電池切れで使えないと言う。
我が家の電池を見つけ、喜んで持って行く。
やはり、乾電池のストックは大事だ。

23:00
不安な気持ちを抱えながら、床につく。
一体どのくらい停電が続くのであろうか。先が見えないのは本当に不安である。
ラジオではこの時間には復旧する見通しと言っていたが、一向にその気配なし。
不安でドキドキして眠れないと隊員A。暑さが寝苦しさに追い討ちをかける。

23:30
空港に電力が回復したことを告げている。徐々に復活してきているらしい。
ラジオは、神経を集中しないと聞き取れない。聞き逃してはいけないと思うと、
さらに疲労が蓄積されていく。しかし、意図的なものかそうでないのかわからな
いが、キャスターの声が、それに街のインタビューの声も一様に明るい。
少し気が楽だ。

-----まんじりともせず、夜が明ける。-----------------------------

(翌)7:00
あれ? 聞き覚えのあるステレオの音が。ということは、
電気が復活!よかったぁーーー!
隊員Aにその旨告げる。
「なんだ、もう一日くらい停電でもよかったな。」
まあ! あんなに、びびっていたくせに。^_^;;
どっと疲れがでる。
さてと….少し眠るとするか....。z...z...。
おしまい。





結論: 文明社会はモロいのう〜


戻る